●「礼装」の歴史 |
★「礼装」は身分差別、階層差別の産物? |
「人はみな平等」というの現代社会の真理とも言えることですが 歴史的には人間社会は身分差別を基本に成熟してきました。 その中では「上のもの」は「下のもの」にあらゆる部分で区別(差別)を 強要し、そうすることで社会(階層社会)を維持してきたのです。 服装も例外ではありません。 日常はもちろん、儀式などで「上のもの」と「下のもの」を明示的に 区別するためにも服装を規定してきたわけです。 このことは、起源数千年まえの遺跡からも明らかなようです。 この服装の規定が「礼装」の始まりと考えます。 |
★封建時代の礼装は権力者次第。 |
封建時代になると時の権力者により儀式、会合の種類、日時、場所 などに応じて、服はもちろん、身につけるアクセサリー類果てはその つかいかたにいたるまで、厳しく規定されるようになりました。 その規定を強要されないまでも、権力者に対する「忠誠心」の証として そのルールを忠実に守ろうとする構図が出来上がっていきます。 このことは洋の東西を問いません。 ![]() 有名な「忠臣蔵」で刃傷の原因とされている説の一つ次のような説があります。 このことは、時の権力者(権力構造)の定めた礼装の重要性を示していると思います。 |
★自由市民社会の礼装 |
現在私たちが生活している社会では個人の自由な意思で服装は 決まります。 どのような会合であれ特定の服装を強要されることはごく一部の例外を 除いてありえませんし、あってはならないと思います。 しかし、どんなかっこうしても良いのかというとそれは違うと思います。 現代の礼装は一部権力者が定めるのではなく、参加者の自由な合意 (けっして明文化されたものではありませんが)で決まります。 参加する会合、行事やその主催者の意図やムードまた自分の立場などをよく考えた「装い」が求められると思います。 個人の自由だからといって、最新の個性的な服装が会合のムードを ぶち壊すようでは望ましいオシャレとはいえません。 現代の礼装は「ルール」ではなく「マナー」の問題です。 礼装に限らず、会合や,相手を思いやる服装を工夫することが 「オシャレ」のセンスではないかと思います。 |
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